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日志


5月29日

東京散策ストリート(2-9)

     東京散策ストリート(2-9)
     四谷~新宿偏 : 新宿三丁目~五丁目界隈
 
 だいぶご無沙汰しちまいやした。
 なんだかんやで、人生もパソコンも春の浮かれ気分で、調子もいま・いち・兄さん!!
           寄り道、わき道、戻り道ばかりが多くて・・すまんことです。
 
 桜花咲く季節はすでに北の大地を通り過ぎてしまいました。
 リアルタイムでのアップは叶わないままで5月の終盤を向かえる頃でござります~か。
まあーゆるしてちゅうよ、いくらかPCも機嫌を直してくれそうでなんで、ここは一気呵成で記事の完結偏&新宿駅まで「行けるかなあー」と
いつもの強気でいくとダメージが多くてね。いままで何回も打ちのめされているからね、お分かりかな皆の衆・・・・・・エラー大変!。
 
 さあーて、怪しげな二丁目界隈を無事にゲイ様に拉致もされずに三丁目までつき申した。(神様に感謝!!。)
う~~ん、三丁目も一筋縄では、いかん遺憾鯛。困った門で新宿と云うところは飽くの強いところばかりだんねん。(素通りって方法もあるけどね。)
やはり正攻法で行きましょうかね、素通りはしません。我輩は男じゃけんのおー。寄り道を極めるのじゃー。(う~ん!)
  
 さーてと、新宿三丁目の散策にいくでよ。
 新宿三丁目と五丁目界隈は、新宿駅から徒歩でやく5分から8分くらいのところである。
古くからの繁華街であり、いろいろな店が混在して常連客を数多く通わせているところである。
大雑把に分けると、「要通り」と「末広通り」と街を、大きくはない通りが二分している形であろうか!、
「要通り」はプチホテルや居酒屋、喫茶店、老舗の蕎麦屋や飲み屋がひしめき合っており、一晩中この通りは、
通行人の多い通りである。(それだけなじみ客の通い易い店が多いってことだんねん。)
 
        要通り                                     いろんな店があります。
         
        
        こんなTシャツも売ってます。             ラテンダンス教室だ~。(こしくねくね~くねくね~あっれー)
          
 
「末広通り」この通りのメインは演芸場寄席の「末広亭」である。世知辛い世の中を、爆笑の渦で心優しく包んでくれるところである。
この通りは、以前は居酒屋通りと言っていいほど飲み屋ばかりであったが・・・最近では、小粋なイタリアンやチャイナレストランなど、
料理で勝負のお店も増えてきているようだ。
       新宿末廣亭です。                              出演者の木札です。
        
 この三丁目での一番の紹介店は、おいらが東京へ上京したばかりの時、
           友人から連れてきてもらった「どん底」って店がある。
          
要通りと末広通りに挟まれた細い路地があり、この路地の中央部に古い赤レンガ造りの店構えだが、目印の赤レンガもすっかり年輪を重ね
くすんだ重厚感さえ漂わせる表の顔になっていた。夏場になるとこのレンガ壁は蔓の餌食になり青葉で包み隠されてしまうのです。
 
 この店は”菊池寛之”氏の初期の小説「青春の門」というのをご存知だろうか!。 九州の炭鉱の町で生まれ育った主人公が早稲田大学
に合格、上京してから紆余曲折の人生展開のなかで、この歌声喫茶!喫茶ではないなー、歌声酒場ですな。
上京した主人公:伊吹信介と筑豊での幼なじみの牧織江が、この酒場で会う場面がありまーす。(このモデルの店が「どん底」です。)
 
 「どん底」は1951年創業、当時は、アコーデオンやらギターなど「リーダー」と呼ばれる人が(店員なのかな!)いて、
ロシア民謡や反戦歌やフォーク、流行歌、労働歌、民謡、シャンソンなど多様なる楽曲を、お客さんと共に全員で合唱する。
という、なんとも今では考えられないほどの、自由と暴力に飢えていた若者たちの情熱の捌け口となっていた所であります。
  (最近、この店には行ってないので、この店内の状況は不明:近いうちにオーナーにでも合いにいかんとね。)
 
 この店のお勧めは「どんかく」という焼酎割の元祖というべきキッツイアルコールである。
                        
                        この「どんかく」はこの店のオリジナルです。何処にいってもありません。
                        
数杯呑むと、もう当時は酔いが回り、目も回る代物でありこの店でしか呑む事が出来ない奇矯なる「命のお水」なのだあ~~~。
ともかく金もない時代なんで、安くてすぐに酔えるお酒は、人気がありました。(いまでも定番品だと思います。)
 
 そして、もう一つは演芸場の「新宿末廣亭」ですね。
     
都内では浅草:演芸ホール、上野:鈴本演芸場、池袋:演芸場、国立演芸場と、この新宿:末廣亭などが、
客席も品格も演芸場の中でも際立っております。
出演者の顔ぶれを見ても毎回、人気の芸人を揃えています。入場料¥2700 と以外と手頃なのも嬉しい限り、
昼と夜の部とがあり、都合にあわせて観劇できるのも好いかもね。
「笑う角には福来る」せめて世知辛い世の中を、笑いのひと時に身をゆだね、笑いこける一日もありだとおもいまーす。
笑い転げて今日も一日暮れてゆく、あの町この町日が暮れるーいま来たこの道、かえりゃんせ・・・・・・・。
 
     末廣亭の楽屋口です、ひっそりとしてます。
    (おいらはどちらかといいますと、入り口横の「電気メーター計」に興味をいだき写したんよ。)
 
       
 
     新宿では一番の高級寿司店「栄寿司」です。いまだにおいらには縁がないお店です。
    
 
  本日の散策はここら辺でお後がよろしいようで。 
 
 次回 (2-10)で、新宿駅まで辿り着くことが出来そうな雲行きで
 
 もうひと頑張りということで、まーたーねー。
 
 
 
 
5月26日

明日は。

  晴天。昨日の雨がうそのようだんべー。 
  今日も仕事で大忙し。二時過ぎに携帯メールを「受信」。
 蒲田にて、夕方から餃子をメインとした呑んだくれ集会のお誘いであーる。
 むごいもので、午前中は仕事にて「蒲田」にいたのダアーよ。
  ちなみに、JR蒲田駅では出発チャイムは「蒲田行進曲」のメロディーが流れます。(余談でした。アヘ)
  午後になり、移動して千葉県の我孫子までやってきたのだ、仕事は難しい項目ばかり、なかなか終わらんとです。
 しかたがないので、呑みに行きたいけど、丁重なるお断りメールにて、仕事は続き結局19時まで、
 只今自宅へ帰還となりま申したべー。
 あーあー、蒲田の餃子・・・・食べたかったなあー。
 明日は久し振りの休日ですが、かなりの疲労感で午前中まではたぶん起きれないべや。
 午後はすこし外出予定でーす。晴れるといいなあー。
 
  本日:噂の「蒲田:餃子呑んだくれ集会」の焼餃子&水餃子かな!写真が届きました。余計なお世話だっぺ。(でも美味そうやんけー。)
   とりあえず掲載しときます。(ぐやしい~~^のこころ!”)
     
 
5月25日

今日は雨

   前日からの猛暑とは打ってかわり、「どーしゃぶりーのあめのなかーーで」
  (和田あき子さんの歌の口調でね。)
 こうゆう日に限り、外出が続く。車はなく仕方がないので羽田近辺へ電車を乗り継ぎ徒歩でテクテクテクテクテクテクテクとね。
 もう、雨の勢いがすごく、靴の中まで濡れてしまいました。(きもちわるいよーおっかさあ~~~ん。鼻丸木!)
  10mほど進んでは軒先に非難となり申す。レストランの軒先失礼。
 周りをみわたすと人間の行動とは良く似たり・・・数人が雨宿りしてました。
 どう結うわけか、こうゆう時の人の輪って絆が強くなるんですね、みんな同じ状況下でいるわけで・・・・
 一心同体といいますか、少ないスペースを後からくる人たちに少しずつ分け与えながら、
 雨宿り隊が結成、雨の已むまでのわずかなる共同体を、心なしか楽しんでいました。
 (へんなのー!とお思いでしょうが気持ちは「何故だか楽しい」のであーる。)
 そんな、今日の出来事でした○。
      
5月23日

暑い日

    5月とは思えないほどの猛暑続きで、気が弱く身体が弱いおいらはすでに「バテバテの極み」でござんす。
  「早くあきにならんかのー」と当年の夏を飛び越えて、神社に祈願せなあかんと思うわけで・・・・・・・・・・・。
  それにしても、暑くてかなわんです。
  皆様も、ご健康にはご自愛のほど、只ひたすらに願っております~~~~。  暑いYO-YO-YO-
  
           三軒茶屋のキャロットタワー下にあるお店: お店のお兄さんめちゃくちゃバテテるよー。
           この暑いのに、けっこう売れているのである。不思議だんねん!!。
           おいらも、大好き今川焼き、小倉が一等賞でーすねん。ほんまうまいでえー
                 
5月20日

東京の空の下

  
 
  大都会「東京」この空の下でいろんな人間模様が、人生が刻まれている。
   又今日も、悲喜こもごも、喜怒哀楽の世界がこの空のしたで・・・・・・・・
 
     田舎から東京へ出てくる時、母からのことば「東京は生き馬の目も抜くと所だから気を付けなさい」といわれて上京。
   あれから二十数年、月日は流れて・・・・・・・・。
   何処がいいのかこの都会の雑踏のなかで、しぶとく・しぶとく生きているぞおー・・・・・・・・・・・。
 
       
5月18日

映画「パッチギ」

    今日、テレビ放映で、映画「パッチギ」をみて
  まさしく「パッチギ」に描かれている同時代を生きてきた。
  「朝鮮人」という言葉、小学校の頃神奈川県の川崎にいた。
  川崎は朝鮮人が多く住んでいるところで、友人たちの幾人かは在日二世の朝鮮人である。
  小学校の一クラスに在日二世は必ず数人はいたので、あまり意識したことはなかった。
  おいらからしたら、在日の友人たちは、名前が日本名と母国の朝鮮名の二つ持っているわけで・・・・。
  (子供心に、政治的なことはわからなく、名前が二つあるってチョイトかっこよく、羨ましかった記憶がある。)
  在日の友達んちに遊びに行くと、キムチがいつも出てきた、子供にはちょいと辛い食べ物であった。
  今思えば懐かしいものである。
  映画「パッチギ」の映し出す60年代の世界は、朝鮮人と日本人の複雑な人間関係を描いている部分も多く、
  いろんな場面毎に、「ちょいと違うんじゃないの!」と思えるシーンもあった。しかし喧嘩も日常的にやっていましたっけ・・・。
  いまでは、考えられないほど無法地帯ごちゃごちゃの世界であったわけで・・・・・・・。
  全体的には、井筒監督にしては良く出来た作品であった。
  映画の終盤注入歌が流れてきたら・・思わず泣いてしまった涙もろいオヤジでもありました。(深くは追求しないでちょうよ。)
                 
  
5月17日

動きません。

    ごめんなさーい。
    PCおもくて、更新ができません。 みなさまのお部屋へも訪問ままならず。・・・・・
    一日、一人の訪問を目指しまーす。   (かなわんなー なんとかしてやー。)
    (訪問して、記事は読めますが今度はコメントがはいりません。どーなっちょるの!)
 
5月13日

山荘より帰還

  八ヶ岳の山荘遊びより無事帰還したでがんす。
かわら版として、少しだけ掲載しておきます。 
                 山荘周辺での山菜摘みや美味しい手料理&美味しいお酒の数々を満喫してきやした。アハー(^~~^)  
                      ロゴ入りの表看板(全て手作りがモットーの象徴です。)
                      
   共同所有の「松原湖少年探偵団山荘」道路側より建物全形              
   基礎工事から30年経過しても、「未完成建物」いまだに
   増殖変化しているアメーバーのような山荘でーす。        谷側より建物全形(布団日干しの準備中、10分後、日干し布団で建物が埋まりました。
     
       
            深夜の到着者のために、「大鍋料理」の仕込み中(深夜には完食、15名分の胃袋に消え去りました。
            白菜、ねぎ、油揚げ、大根、お麩、豚肉、など各自自宅でのあまり物、食材でやみ鍋風です。ここに
            隠し味として、塩、砂糖、味噌、ラー油、胡椒、鰹節の粉末、など!までこの世で二度と味わえない
            見ない、「鍋料理」が出来上がりました。
                   「お味はって」・・・・・・・・・「いけてましたよー」・・・・・・「天才シェフがおりますのでね。」(^^)
                        
        山荘前の道路から八ヶ岳が望めます。               山菜摘みに行く途中の車中から八ヶ岳連峰を望む。
       
                
            布団の日干しの合間をみて、全員で昼食用の山菜摘みにでかけました。               
      
     
     5月のゴールデンウィークに先発偵察隊を送り込んだ時の情報では、「残雪があり山菜の収穫は難しい」との予測報告
     で有り申したが・・・・・・さにあらず~~~~。なーんと数日前からの好天により、一番良い状態の山菜に有り付いたでがんす。
     タラの芽、こごみ、コシアブラ、ハリキリ、ヨモギ、ヤマウド、ヤマブドウ、フキノトウ、ホップ、ニワトコ、その他いろいろ。
     (天麩羅と押したしにして昼食のメインとなりました。全員満足の天麩羅でした。トレビア~~~ン)
     
       八ヶ岳の南と北を分ける峠道より、「浅間山」を望む。(何時もは煙るを上げているようですが、当日は火山も休日らしいです。{!} 
              浅間山の手前ふもとに佐久市と軽井沢町がありまーす。
     
     (簡単な記事ですが、山遊びはほんとにストレス解消にいいでーす。増刊号はPCの気分次第ってことでお許しくだされ。)
5月9日

尾瀬:至仏山から尾瀬ヶ原

   尾瀬:至仏山から尾瀬ヶ原を望む
 
       
                                               この写真は「怪しいP」様から御提供いただきました。
   
            ※ブログが重くなりすぎたので、単抜記事にて掲載してます。  カン・リー・ニンより
       連絡
       明日5/11~5/13まで八ヶ岳にいってきます。山菜三昧&山遊び&山荘点検などいろいろでーす。(記事の更新お休みしまーす。)
5月6日

ホースショー

      本日はBGMの音楽だけ変えてみました。重厚感あふれる姫神のシンセサイザーとお馬さんのコラボはどうでしょうか!
世田谷の馬事公苑にて
子供の日:毎年恒例の「ホースショー」が開催された。
今回で36回目を数える、日本有数の「馬の祭典」である。
 5月4日の中日に日がな一日「ホースショー」を堪能したんよ。ようけー疲れて、足が首が攣るよ~~~。腰が痛いよー。
日焼けも痛いよーと、楽しい中にも忍耐の一日でもありもうした。
               大きな看板でした。                      JRAキャラクター「ターフィー」は進出気没!
            
             
              優雅な中世風衣装に身を固めた馬上セレモニー
           
 
           アンダルシアンのダンス演技(星の王子さまを連想させる優雅な衣装と馬との素晴らしい演技でした。ビューチフルー)
               
        
                       馬上の調教師さんは、ヨーロッパへこの演技を習得しに行って来たそうです。 
                 
 
         
 5月3日から5月5日の三日間、競馬場では見られない馬術競技がみられます。
馬術といえば、日本では「バロン西」と呼ばれた西竹一陸軍大佐が1932年のロサンゼルスオリンピック大会で金メダルリストと
して、記憶に残っている。競技馬術としては、日本が獲得した最初で最後のメダルなのだ。
 
一般に「馬術」といえばセレブの社交場としての意味合いが強いが、このJRA馬事公苑では、乗馬学校や週末ともなると、
ポニーと遊ぶことも出来るし、大きな「馬」にも試乗できるイベントも年間を通して盛りだくさんあります。
5月の「ホースショー」の競技大会は乗馬技術の高いメンバーが揃う事でも有名で、
日本で最高の馬術を楽しむ事が出来るイベントでもあり、世田谷区民には大変親しまれて
いるこどもの日のイベントです。
競技の種類も豊富、「中障害競技」が6レース、「大障害競技」が2レース、
「チーム対抗の仮装リレータイムレース」、
「ノックアウト競技」:二者同時に障害を飛びタイムを競うトーナメント方式のレースです。
         
         中障害競技がスピードと迫力の両面で大いに楽しめる競技です。
      (人馬一体:人馬が飛んでま~す。)
    
       
     大迫力で風のごとく目の前を駆け抜けます。   もう、只只圧倒されます。おったまげ~~~
            
          
  大障害競技は、中障害より高さが20センチ高くなりスピードは落ちますが「上に飛ぶ」姿は圧巻です。
             
   
                     白馬は栗毛よりも目だっているなあー(カメラ写りがちがうね。はっきりくっきりでな)
     
 
   JRA キャラクター:いろんなところに出没!  仮装リレー(セサミストリートチーム)爆笑の渦でした。
           
       
     仮装リレー(バットマンチーム)優勝しました。 仮装リレー競技中(ライオンキングチーム)迫力ではピカ一。
          
 
 これらレースの合間に組み込まれているのが、「ポニーの演技」、「アインダルシアンの演技」、
「ポニー競馬」、「軽乗演技」、「ミニュチアホースの障害飛び越えレース」、
「警視庁騎馬隊の隊列演技」などなど、どれもこれも楽しい出し物でありまーす。
  
     競技の真剣さと比較して、合間のアトラクションが実に楽しい企画が満載でした。
    「ホースショー」と名称がつくのも納得です。
    
         ポニーの「ホワイト」は一番人気者でーす。        横鞍乗り:中世時代はレデー達は横に座っていたそうです。優雅トレビアーン
         
              
  警視庁騎馬隊の一糸乱れぬ隊列行進は素晴らしいの一言(制服も超かちょいいべや^^
           
           (正式名称は:警視庁第三方面交通機動隊騎馬隊  とやたら長ーい名称なのです。書くのも読むのもつかれます。トホホ)
 
            演技の終わりに観客へのサービスも忘れません。         女性隊員の素敵な笑顔でした。
            
                              
           僕「ターフィー」って云うんだよ。よろぴくね。バフン~ダ~。
           
                 JRAキャクター「ターフィー」より愛を込めて、
        「又来年も来てねと」の願いと共に
       
5月4日

東京夕暮れ

   ブログ重すぎ!、 おいらひ弱なんで無理しませ~~~~~~~~ん。
   連休中はブログも中休み、本日は軽めで御免ね。
 
      夕暮れの街風景
    
 
    なんとなく気になる「オブジェ」でした!。