おが 的个人资料おがちゃんのパオパオウッヒ照片日志列表更多 ![]() | 帮助 |
|
8月30日 秋近し やっと、熱帯夜から開放されました。
それでも今夜は26度あります、一時の30度近い夜と比べるとなんと涼しいことです。
気温が下がり、垣根のあいだからコオロギの音が聞こえてます。
秋はもう近くでーす。 はーやく来い「秋の足音」。
8月25日 世界陸上競技選手権今日から、大阪で
「第11回 IAAF世界陸上競技選手権 大阪大会」
いよいよ開催されたよ。
もうー眠い目をこすりこすり、朝7時からの「男子マラソン」を見たでがす。
日本選手たちは個人のメダルこそ逃したものの、5位・6位・7位・13位・36位という結果。
国別ポイントでは総合タイムで「男子団体優勝:金メダル」となりました。
一日目から幸先良いスタートになったかな、日本陸上マラソンの底力を発揮できたことは、賞賛に値するものだっぺなあー。
ところで、今回は大阪開催なのでTV観戦となりもうしたが、
1991年第3回の東京大会には国立競技場へ友人と連れ立って観戦に行きましたよ。
入場料は当時S席で¥8000もしました。今回の長居競技場のチケットはS席で¥5000だから、
今思うとかなり無理してチケット購入したんだなーと感じます。
(16年前のほうがチケットが高いって、・・・・どうゆうことなのかおいらには理解不能ざんす!!)
この大会では、男子マラソンで谷口浩美選手が見事「優勝」しましたね。
おいらが、観戦した日は丁度16年前の8月25日、今日と同じ日付けですね。(偶然!必然!当然!ワカンナーイ!)
この日は、「100m競争」でカール・ルイスが9秒86の世界記録で優勝、目の前で観戦していました。(超・興奮しました。)
すごく早かったですね。
この大会は、長島茂雄さんがメインコメンテイターとして競技場にきており、当時は元気印のお手本のような方で、
下手な選手よりもファンが群がり、日本国民からの人気の高さを改めて垣間見たものです。(闘病中の、長島茂雄氏の回復を祈ります。)
フィールド競技では「走り幅跳び」で、マイク・パウエルが当時の世界記録:8m95で優勝。これも正に宙に浮いている感じでしごかったね。
ともかく、陸上競技は生で見ると迫力が凄いことを記憶してます。それとトラック競技で中距離などは、外国選手は
とーっても足も手も長く、見た目で日本人選手と体格を比較してしまうと、トラック競技において当時は世界トップと競うこと事態が、
(日本選手の悪口では無いが)夢物語に過ぎない事と思えてならないほどの体格差や身体能力の差を見せ付けられた記憶があります。
この日のチケットを取っておいたので写真のせました。(遠い思い出の一枚です。)
今回は日本人選手たちもメダルの狙える方々が出場しますね。期待しましょうかね。
「日本選手頑張れー。」ですね。
皆で応援しましょう。
8月20日 PC不調! 小さなお知らせ
とうとうPCも暑さにより脱水症状にて、病名「熱中症」と判明、療養が必要と相成り候
全治1週間は安静にしとりますよって、 しばらくは記事のアップできませんので、ご容赦ねがいまーす。
(尚、都合により「神田神保町書店めぐり」は、削除いたしました。皆様には大変ご迷惑おかけいたしました。) 8月16日 熱帯夜15日目 東京地方は、8月1日より15日まで連続の熱帯夜であーる。
フヘー今日も昼間は35度なんだと。(怒り (>∧<) )
まいちゃうねーダラダラ生活引き続き続行中だっぺやー。
でも、だらだらしていられませえ~~~~ん、
墓参りさいってきましたっす。(暑くてー頭が痛くなたべなあー)
今朝はかーるい脱水症状でがすな、用心用心だっぺ~。
涼しい山へいきたいべさ~~~。
外出するときは、帽子・タオル・飲料水は携帯しましょうね。熱中症や脱水症状には注意しましょうね。 8月9日 熱帯夜 東京はこのところ、昼間も33度、夜は毎日27度ぐらいの熱帯夜が続いて
おいらは「ねむったいや」でござりまする。
モー(牛ではありません、まだ人間やってます。)
いい加減にしちょりんばー、へろへろくるりん脳がとろけて「脳内革命夜~~~~~。」!!
皆さん、暑さが続いております。あと少しで「秋」が・・・・そこまできていますので、
後2週間ほど、
適当に
欲張らず
焦らず
急がず
ダラダラと生きていきましょうね。
BGM楽曲について
井上陽水 少年時代
今から30年ほど前に遡ると、東京近郊でも、まだ里山の風景画が見られた。
最近では、住宅地などの開発の波に呑まれて、夏の風景:蝉の鳴き声や
昆虫採取などワクワクしながら大きな手網と虫かごを肩に下げている姿を
見かけなくなった。この「少年時代」の楽曲は、そんな里山風景が浮かんでくる
気がして、この時期、好んで聴く一曲である。
8月5日 永遠の平和を願う。 8月6日:原爆の日に向けて 「永遠の平和を願う。」
平和を願う楽曲:「一本の鉛筆」
昭和49年(1974年)の第1回広島平和音楽祭で美空ひばりが「1本の鉛筆」(作詩・松山善三、作曲・佐藤勝)という歌を歌いました。
この歌は反戦をテーマにしたもので、美空ひばりがこのような楽曲を歌うのは以外であろう。この楽曲を歌うにあたり作曲家:古賀政男・
歌手:川田晴久・ルポラーター:竹中労、などいずれも平和をとなえ戦時中に苦悩した方々からの影響であるかもしれない。
この楽曲は、さまざまな歌手により今尚、歌い継がれている名曲です。
この記事と共に、クミコの歌う「一本の鉛筆」を同時アップしましたので、楽曲もお聴きできます。
この中で「一本の鉛筆があれば 戦争はいやだと 私は書く 一本の鉛筆が あれば 人間のいのちと 私は書く」という表現があり、
この詩の心を平和宣言でさらに発展させ、21世紀に向けた広島の決意としました。
一本の鉛筆
作詞:松山善三 作曲:佐藤 勝
あなたに 聞いてもらいたい あなたに 読んでもらいたい
あなたに 歌ってもらいたい
あなたに 信じてもらいたい
一本の鉛筆があれば
私は あなたへの愛を書く
一本の鉛筆があれば
戦争はいやだと 私は書く
あなたに 愛をおくりたい
あなたに 夢をおくりたい
あなたに 春をおくりたい
あなたに 世界をおくりたい
一枚のザラ紙があれば
私は子供が欲しいと書く
一枚のザラ紙があれば
あなたを返してと 私は書く
一本の鉛筆があれば
八月六日の朝と書く
一本の鉛筆があれば
人間のいのちと わたしは書く
この地球上には未だに戦争が絶えない、なんと人間とはおろかな生き物であろうか。
広島・長崎の悲劇を繰り返してはいけない、戦争のない平和な世界は何時になったらおとづれるのか、
一人一人の命、大切な命、叫び続けよう書き続けよう「平和」の文字を・・・・・・永遠に。
|
|
|